インド

女がインド・デリーのタージマハル行ったんだが

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私がインド旅行にいたのは、4年前の26歳の時。バックパッカーで行きました。

初めての一人旅。

途中で中国人の女の子と知り合い、インドまで一緒に行くことが決まりました。

私はちなみに英語が全くしゃべれません。

 

中国人の彼女も英語は少しで日本語が堪能な子でした。

中国でトランジェットしたのですが、直前で出発ゲートが変わってることを知りました。

私たちのゲートに行っても誰もいなかったので、疑問に思ったのです。

 

しかしその時の時刻は深夜1時くらい。

人も少ないので、さえてなかったら便を逃していたんだと思います。

そしてゲートに到着し並んでいると、同じような日本人ばかり目立ちました。

中でも金髪の男性は目立つなーと印象に残っていました。

 

飛行機が出発し、無事首都デリーに到着。

今回の度は、デリー、アーグラ、バナナシ、デリーの順に回りました。

デリーに着いたのは夜11時くらい。とりあえず寝たいと思い、翌日出発するアーグラ行きのバスが出る小屋のロビーで寝かせてもらいました。

 

私たちのほかにも、日本人は2人くらいいました。

朝方になり、バスでアーグラに出発。メインは、世界遺産のタージマハル。タージマハルに行く前にサリーを買って、洋服の上からきて宮殿に行きました。

サリーが撮れて来たら親切なインド人は直してくれますが、お金をとる人もいたので要注意です。

 

そのあと、寝台列車に乗り、一番のメインのバナナシへ。寝台列車を待っていると、途中でお互いトイレに行きたいと思い変わり万古にトイレに行くことにしました。最初に中国人の彼女が行ってきたのですが、鍵もなくて、藁がいっぱい式詰まってたよ。

と言われて、どんなトイレかな。と思いましたが、私は、途中で日本人に合ってトイレはどこ?と聞いて連れてってもらったトイレは、普通のトイレでした。

友達がさっき藁が式詰まってるトイレだったと言っていたと言ったら、それ、右馬埜トイレだよ。

と言って、帰って3人で爆笑したことを覚えています。

 

そして、寝台列車に乗り込みました。2段ベットだったのですが、私が上に寝て、下に中国人の友達がのりました。

夜遅くにインド人が下の彼女のベットに腰を掛けてきたらしいのです。

私は何も問題ありませんでしたが、朝なんかこわかったね。とお互い話しました。

 

一応寝台列車でもご飯は出ましたが、怖かったので一口も口は付けませんでした。

おなかを壊すといけないので。バナナシにつき、ゲストハウスに荷物を置いて早くお風呂に入りたいということしか頭にありませんでした。ついてホテルまではトゥクトゥクで行きました。

途中でまた、日本人の男性が二人いたので声をかけると、同じゲストハウスだったので一緒に行こうということに。

しかし、トゥクトゥクは違うところに着き、二人降りて来いと言われました。違う場所に連れて行かれて、その時初めてだまされたんだと思いました。お金を払わず、4人で歩いてゲストハウスに向かい、やっとのことたどり着きました。

シャワーは、水しか出なかったり、夜は停電しましたが日本人の若者が多かったのでとても楽しく過ごせました。

 

次の朝は、ゲストハウスに泊まっていた8人くらいでガンジス川に朝日を見に行きました。ボートに乗った費用は2円。1か月くらい滞在している子が交渉してくれて格安で乗ることが出来ました。

そのあと、マキダイという死体を燃やすところに行こうとしたのですが、道に迷ってしまい、前から来た日本人に連れてってもらいました。

代わりにガンジス川で坊主にしたいからバリカンでそってくれる?と言われて初めてバリカンを使いました。

使い方が分からなく、途中で電源が切れて、ぼこぼこの髪型にしてしまいましたが。その子は実は中国のトランジェットした時の目立った金髪の子でした。

また、同じ年で大学も隣駅ということもあって一揆統合したことを覚えています。

 

そして、バナナシ最後の日はゲストハウスの人4人でおしゃれなカフェに行き、カレーランチをしました。

それからデリーに戻り、その時世界一周をしていて友達とご飯を食べ日本に帰りました。だまされることはありましたが、危ない目にはとくには合いませんでした。

それよりも、日本では絶対かかわらない人達とかかわることができて、とても楽しかったと行ってよかったと思いました。

(30歳 女)

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