オーストラリア

オーストラリアに行ったが、航空券落としたwww

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2006年9月にオーストラリア・シドニーへ渡りました。

シドニー国際空港に到着し、外に出てみると天気は晴れているものの肌寒く、まだ冬が抜け切れていない様子でした。

空港からバスが出ていて、そのバスに乗ってシドニーの市街地へ向かいます。

 

しかし、自分は旅行ツアーで行ってた訳ではなく、個人で参加しておりシドニーの下調べもしっかりしていなかったので、バスもどこで降車していいか分からず告げた先が警察署でした。

日本では道がわからない時には警察に聞くのが当たり前ですが、海外では違うらしく不思議な顔をされました。

しっかり警察署で段取りをつけて、シドニー滞在はホテルやバックパッカーが宿泊する宿に泊まるということに落ち着き、まずは滞在先のホテルへ向かいます。

 

泊まったホテルは一流のホテルだったらしく、所持金の半分くらいは消費し、後々それが後悔の種になることをその時は知りませんでした。

ホテルはジョージストリートにあるホテルで、滞在時はすごぶる快適に過ごせる環境にありました。

バックパッカーが宿泊する宿も利用しましたが、個室ではなく数人の男女が利用する部屋にチェックインし、宿によっては日本人、韓国人、スウェーデン人、オーストラリア人と様々な国籍を持つ人に出会うことが出来、女性には勇気のいる事かもしれませんが、これも旅の思い出となる貴重な経験となると思うので、ぜひそういった格安の宿を利用されるのも費用面でもお勧めします。

 

シドニーでは、天候にも恵まれてオペラハウスやダーリングハーバー、シドニータワー、中華街で観光やグルメを満喫しました。

しかし旅にハプニングは付きもので、帰りの航空券をどこかに落としてしまい、航空会社に自ら赴いてなんとか帰りの飛行機を予約して、帰国日が大幅に伸び一週間ほど余分に滞在できることになったのです。

若気の至りで、しかも無計画で所持金も少なく、伸びた一週間分は節約の生活をしなければならない羽目になりました。

 

シドニーの街ではさまざまな人を見ることが出来ます。当時、髪の毛はグリーンでピアスを至る所にし、ロックミュージシャンが着るような服にアクセサリーをつけてたむろする若者や、バスに乗ればターバン巻いたインド人の運転手など、若かった自分にはとてもいい刺激的な経験になったことを覚えています。

 

「今の若者は内向き思考」とは聞いたりもしますが、めんどくさがらずに積極的に日本を飛び出して異文化に触れ、多様な国籍を持つ人達に出会えればそれが良い思い出、そして経験となるとなることは間違いないでしょう。

その思い出や経験は、何年経とうと色褪せることはありません。

 

自分がした旅の話に戻ると、一週間は日本にもあるマクドナルドのビッグマック、ポテトやコーラにお世話になり、飢えることなく過ごし無事帰国することが出来ました。

無鉄砲ではありましたが、若かった自分には貴重な経験となりまたその経験があったからこそ、自信もある程度持つことが出来るようになりました。

旅の途中で直面するハプニングさえも、楽しんでいければどんな事だってへっちゃらになります。

そのハプニングさえも後から振り返ってみると、大事な思い出としての輝きを放っています。

(34歳 男性)

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